プロジェクト(中村)

プロジェクト名:生殖幹細胞を用いた動物遺伝資源の保存に関する研究

大学院統合生命科学研究科 家畜育種遺伝学研究室

研究概要図

プロジェクトメンバー

助教中村 隼明
大学院生 (修士課程)6名
学部生3名

1.研究室の概要

家畜育種遺伝学研究室では,遺伝学と発生工学を基盤とした基礎から応用まで一貫した研究を展開していることが特徴です。大学院では生物資源科学プログラム,生物生産学部では応用動植物科学プログラムに属しており,ニワトリなどの家禽を対象に,卵や精子のもとになる始原生殖細胞を自由に操作する技術を開発し,多様な鳥類の遺伝資源の半永久的に保存に取り組んでいます。また,ほ乳類のモデルとしてマウスを対象に,精子を作り続ける精子幹細胞が移植後に精子形成を再生する仕組みを解明し,家畜の効率的な育種や男性不妊治療に役立つ技術を開発することに挑戦しています。これらの研究については,国内外の大学・研究所や,畜産・食品関連企業との共同研究を多数実施しています。

2.主な研究内容と成果

① 始原生殖細胞 (PGCs) の操作によるニワトリ遺伝資源保存法の確立

 鳥類の卵は巨大な卵黄に付着しているため,ほ乳類で実用されている胚の凍結保存ができません。このため,鳥類ではニワトリを中心に,PGCs(胚発生の初期に現れる最も未分化な生殖細胞)の移植を基盤とした独自の遺伝資源保存法が発展を遂げました。

私たちの研究室では,PGCsの操作の根幹となる採取・培養・凍結保存・移植の方法を開発・改善し,実用レベルのニワトリ遺伝資源の保存法を世界に先駆けて確立しました。ニワトリPGCsを可視化し,鳥類に特徴的な血流を介してPGCsが移動するプロセスを詳細かつ定量的に解析することで,PGCsの採取と移植の最適なタイミングを明らかにしました (Nakamura et al. Poult Sci, 2007)。また,ニワトリPGCsに対して高い凍結保護作用を持つ物質を探索し,それらを適切な濃度で組み合わせて添加することで,高回収率・高生存率の凍結保存液を開発しました (Hamai et al.準備中)。発生中のニワトリ胚に薬剤を定量的に作用させる投与法を開発し,生殖細胞に対して選択的な毒性を持つ薬剤を投与することで,PGCsが完全に除去された胚をコンスタントに作出することが可能になりました (Nakamura et al. Reprod Fertil Dev, 2008)。続いて,PGCsが除去された胚にドナーPGCsを移植することで,ドナーPGCsに由来する卵と精子だけを作らせることに成功しました (Nakamura et al. Biol Reprod, 2010)。ニワトリPGCsの増殖を促進する物質を探索し,それらを適切な濃度で組み合わせて添加することで,無血清培養の効率を飛躍的に改善しました (Koide et al. 準備中)。最近では,PGCsのエネルギー代謝に注目し,多様な鳥類のPGCsを増殖できる培養液の開発に取り組んでいます。

これらの研究成果に立脚して,PGCsの培養・凍結保存を利用したニワトリ遺伝資源の保存事業を展開しています。これまでに,我が国固有のニワトリ品種 (天然記念物を含む) や,食用のブランド地鶏,野生原種セキショクヤケイのPGCsの保存に取り組んできました。

➁ 精子幹細胞の運命可塑性の発見と移植効率改善への応用

精子幹細胞は,自分自身と同じ幹細胞を複製する「自己複製」と特定の機能を持つ細胞に変化する「分化」のバランスを厳密に保つことで,大量の精子を作り続けます。また,精子幹細胞は,生殖細胞が除去された精巣へ移植すると,生着して組織 (= 精子形成) を再生することが出来ます。このため,精子幹細胞の移植は,家畜の効率的な改良・増殖やヒト男性不妊治療への応用が期待されています。1994年に精子幹細胞の移植法がマウスで開発されて以来,ブタやウシなどの家畜やヒトのモデルであるサルにおいて移植の成功例が報告されています。しかし,現状では精子幹細胞の移植効率が低いため,畜産業や医療へ実用できる水準に達していませんでした。

私たちの研究室では,精子幹細胞の移植効率を改善するための手掛かりを得るために,これまで謎として残されてきた移植後の組織再生のプロセスに注目し,精子幹細胞一つ一つの振舞いを定量的に解析しました。その結果,精巣への移植後に生着した精子幹細胞の大部分が,細胞死を起こしたり,自己複製することなく精子へと分化することで,短時間で精巣から消失することを発見しました。そして,確率的 (ランダム) に自己複製したごく一部の精子幹細胞だけが,組織の再生を担っていることを明らかにしました。これは、「精子幹細胞は特別な能力を持っており,数は少ないが,一つ一つが効率良く組織を再生する」という従来の考え方とは大きく異なります (Nakamura et al. Cell Stem Cell 2021)。

この発見に基づいて,精子幹細胞を移植した後に,その分化を阻害する薬剤を一時的に投与すると,自己複製する幹細胞の数が増え,最終的な組織再生の効率が飛躍的に向上しました。その結果,通常は妊性を回復できない少数の精子幹細胞を移植したマウスに,自然交配で産仔を得られる正常な繁殖能を回復させることができました (Nakamura et al. Cell Stem Cell 2021)。

精子幹細胞の「運命可塑性」といえる性質が,動物種を超えて保存されているのであれば,精子幹細胞移植の実用化が現実のものになると期待されます。また,血液を作る造血幹細胞の移植による組織再生の理解と治療法の改善にも貢献すると期待されます。

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